作曲者 あきと  

脱力書き物

ほんじつ3/20の、コンタクトの話

私はとっても目が悪いので、高校くらいからコンタクトをしている。

 

使い捨て30個入りで4000円、左右両方で8000円。目の健康を(中途半端に)考えてもっとも高い物にしている。ちなみにコンタクトって感触は、薄いグミ、といえばわかりやすいかもしれない。ブドウ味はしないがグニャグニャのレンズだ。とくに刺さるとかは全くない。値段が心に突き刺さる位だ。

 

決して私だけではないと思うのだが、コンタクト使用者が変に妄想して心配する事の中に、無人島に漂流したらどうしよう、という事だ。ちなみに私はメガネを持ってない。なくしてほってある。

健全な方は、どうやって暮らしていこう、魚を取ろうか、住家を作るのが先か、とかを多分考えると思う。1週間くらいはいけるかもしれない、でもその先を考えて絶望するかもしれない。

 

しかし私はその前に今しているコンタクトが切れるまでのカウントダウンが始まる事になる。無人島に何か一つ持っていくなら何にしますか?メガネ!と

即答だ。

もしくはニンテンドーDSLLだ。大きいから見やすい。

 

もし外すと、顔の認識は息が届く位近寄らなければわからない。不良のメンチの切りあいの最終位置を想像していただければいい。セリフを「テメェなにガンくれてんだよ」を「ああ、この毛穴の感じは君か」に変えていただければいい。

 

なので必死に今のコンタクトをし続けることだろう。目が痛くなってもし続けるだろう。でもかならずエックスデーはやってくる。DSのバッテリー切れ、ではなくコンタクトを外して神になる瞬間が。この世の俗物から解放され、自由になるのだ。目に見えるものに支配されなくなるのだ。心の目で見るのだ。でも心の目も視力0.001なのだ。人の気持ちをあまりわからない人間代表だ。絶望的だ。

 

そうすると無人島に遭難した船がグループだったとしたら、自分の立場は一気に窮地に追いやられる。飛ばない豚はただの豚だ、でも目の見えない人間はただの人間ではない、とてつもない弱者だ。

「飛ぶか飛ばないかよりしゃべってる時点でただの豚ではないんですけど!」という突っ込みの余裕はない。

 

そうした時にどうすればいいか考えたが、もはや私の肉をお食べ下さいしかなくなってしまう。常識や優しさがあるうちは生かせてもらえるかもしれないが、追い詰められれば自分が生き残る本能に従うのは生物の宿命。私の命で皆が生きながらえるならば、いたしかたない。最後くらいカッコよく死なせてほしい。ただ私は皆の栄養になって一緒に生きることになる。忘れないでほしい。

 

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スーパーに並ぶ肉を見て、私の肉はおいしいのか?と悩む毎日。

 なので食べられないためにも、メガネは作ろうと決心した、そんな日。